あの日から3年・・・今年は育った町へ帰る

2014年03月11日 21:18 <--クリックお願い!

今日は、あの東日本大震災から、まる3年が経過した日だ。
この震災で最大数の死者・行方不明者を出した宮城県石巻市は、親の生まれ故郷であり、自分も中学生まで生活していた町。

昨年までは親の介護があったため、震災後は一度も出掛けていなかったが、親が亡くなり半年を経過した今は、週末や連休でもフリー。そこで、今年のG.W.は、いよいよ石巻を訪れることにした。

石巻は、自分が中学三年生の途中まで生活していた町。BCLを初めたのも、この町で生活していた時から。
そこでの中学生時代は、日本中にBCLブームが発生していた。学校内に2つもBCLクラブがある状態で、自分はそのうちの一つのBCLクラブの会報編集を担当していた。

現在、親戚と、当時住んでいた借家の大家さん、母親の親友は震災数週間後までに無事が確認出来た。でも、それ以外の自分のクラスメイトだった人達はどうだったか。無事と判っているのは、CFM局のラジオ石巻の社長を経験したクラスメイトだけ。それ以外は判っていない。

母親の親友の場合は、家が津波の水に侵食され、辛うじて屋根裏に非難して難を逃れた。その後、自衛隊に救助された。その母親の親友は、昨年のG.W.に、障害者となっていた母を訪ねて来てくれた。そのお礼を言いに行かなきゃならない。

それに、石巻には母方の兄弟や自分の従兄弟も生活している。

今日、自分が子供時代に頻繁に遊びに出掛けていた、日和山山頂からのTV中継が行われていた。ここは北上川河口から市内中心部、北部までもが一望出来る。津波被害にあった地域を一望出来る場所でもある。
そこでは、自分の記憶にある風景とは一変した風景が映し出されていた。

G.W.に出掛けた際は、親戚やお世話になった親の友人宅に行く他、中学時代のクラスメイトがやっていた筈の商店が今もやっているのかどうか、訪問して確認したい。
それと、自転車を借りて市内を走り、自分の記憶とどれだけ景色が変わってしまったのかを確認したい。

今年のG.W.連休は、こんな予定を立てている。


最後に、東日本大震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈り致します。
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