松島観光と石巻・被災と復興の地を訪ねて(松島周遊編)

2014年05月06日 19:53 <--クリックお願い!

2011年3月11日の東日本大震災で、市単位では最大の死者・行方不明者を出した宮城県石巻市。ここは自分が中学3年生まで生活をした場所で、母親の生まれ故郷でもある。

大震災以降、ようやくその場所へ行く事が出来た。

親戚が住んでいるので、震災以降、出来るだけ早く行きたかったが、昨年夏まで親の介護。さらに自宅マンションの耐震工事の影響で、連続した自由な日が取れない状態。それが、母が昨年夏に亡くなり、耐震工事が終わって所有物件を売却。残ローンや工事費の支払いも終わり、完全に自由な時間がまとめて取れるようにもなった。

その自由な休みがまとめて取れる最初の大型連休、今年のゴールデンウィーク。2泊3日(行きは夜行バスでの移動なので、車中も入れると3泊4日かな)で、松島と石巻を訪ねる旅をした。

行きは東京駅八重洲中央口前のバス停から出発する、東北急行バスの仙台行き夜行バス。折りしも、4連休前日なので高速道路は混雑必須。仙台到着は定刻だと05:15だが、06時を過ぎるのは間違い無いだろうと思ってスケジュールを立てていた。過去、同様にゴールデンウィークやお盆休み初日に現地到着の夜行バスに乗ったさいは、一度も定刻通りに着いたことがなかったので。

バスも東北道の混雑を予想して、常磐道を通るルートを選択した。あれっ?、福島原発の影響で通れないのでは。と思ったが、磐越道は通れますもんね。ぐっすりと寝ていたので判らなかったけど、多分、いわきから郡山へ向かい、郡山から東北道に入ったものと思う。

時間はまだ4時前。通常、パーキングエリアでの休憩は15分程度だけど、その倍以上も止まっている。4時半を過ぎた頃にようやく出発。これだけ休憩を取ってしまうと、定刻よりも到着が遅くなると思いきや、なんと仙台駅前到着が04:55。定刻よりも全然早く到着してしまった。

前日の横浜は夏日の最高気温26度。この日の仙台の最高気温も25度前後と暑くなる予想。なので、シャツ1枚の軽装姿だった。ところが、早朝だったせいもあってか、上着を着ないと寒くて仕方が無い。そこで駅のトイレで着替えである。その後、朝食を取るために仙台駅前の吉野家で朝定食。朝食を取りながら、今日のスケジュールを確認した。

最初の目的地は松島。通常なら、確実に仙石線を使う所だけど、この日は松島観光の後、小牛田で大崎市のコニュニティ放送受信を計画していた。松島観光のさい、カメラ以外の荷物は邪魔になるので、駅のコインロッカーへ預けたい。ならば、確実にコインロッカーがある大きめな駅じゃないと。しかも、松島観光船は松島港~塩釜港の便を手配していた。

そう考えて、東北線の塩釜で下車し、そこのコインロッカーに荷物を預け、仙石線の西塩釜駅から松島海岸駅へと向かった。

松島海岸に到着したのは06:50。全体的に薄い雲が掛かっており、海の写真を撮るには少々残念な状況。しかし、ここから海沿いを西方向へ歩き、ひたすら写真を撮り続けた。

松島の風景2014(1)

松島の風景2014(2)

松島の風景2014(3)

松島の風景2014(4)

松島の風景2014(7)

松島の風景2014(10)


時間も08時を過ぎると、全体的に青空が広がりだす。そうなると、写真の出来栄えも「おっ!」と思うような写真になり出す。
この時間辺りからは、松島湾全体を見下ろすことが出来る双観山の展望台や、松島町を越えて、隣町の利府町の海沿いの遊歩道を歩きながら写真を撮り続けた。
観光船は10時出航の予約を入れている。その30分前まで、ひらすら写真を撮り続けた。

松島の風景2014(5)

松島の風景2014(6)

松島の風景2014(8)

松島の風景2014(9)

松島の風景2014(11)

松島の風景2014(12)

松島の風景2014(13)



このブログで、「旅行編」として記事を書いたのは久し振りだなぁ。
次回は、松島観光船編。その後、石巻・被災地巡り編、石巻・復興&観光&ぐるめ編と記事は続きます。全5話程度に及ぶ力作?になるかも。
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