仙台たなばた祭りとCFM局受信旅(その1)

2015年08月10日 10:32 <--クリックお願い!

今年の夏休みは、でーんと9連休。これだけの連続の夏休みは数年振りのことなので、有効に使わないと勿体無い。

という訳で、夏休み初日の8日(土)は、仙台へ1泊(と言っても、帰りは夜行バスですが)で出掛け、七夕写真撮影と、仙台中心部でも受信可能な、新たなCFM局の受信を行って来た。

その模様を、数回に分けてお送りします。

■上野東京ラインで東北が近づく

5年振りとなる、仙台たなばたまつり見物。出発は、宇都宮線内では快速アーバンとして運転される、一番早く出発する列車。以前から、東北方面へ18きっぷを使用した旅をするさいには、この列車を使用していたが、当時は自宅の最寄り駅を5時台に出発していた。

ところが、上野東京ライン開通後は、この列車が横浜を通過するのは6時台。自宅を出発する時間は30分近くも遅くなったのに、仙台到着はこれまで通り。横浜駅からの所要時間は、7時間11分。
東北新幹線が開通する前の時代を知っている方なら、当時の上野発の急行列車に乗り継いだ場合と、所要時間は殆ど変わらないことに驚く筈。しかも、途中の黒磯では28分、郡山では33分もの待ち時間があったにも関わらずである。

それだけ、普通列車も三十数年の間にスピードアップ化したと言うことだろう。

余談だが、横浜から西へ18きっぷの旅に出掛けると、同じ所要時間を掛けた場合は米原まで行くことが出来る。東海道線は東北線よりも乗り継ぎが良いし、豊橋から西は快速も充実してますもんね。

2015仙台たなばた祭り(1)


■仙台たなばた写真撮影スタート

仙台到着は13時26分。昼食を食べていないので、少々腹が減ってきた。
そこで、昼食は七夕祭りのメインストリートの一つ、ハピナ名掛丁の入口にある立食そば屋でさっさと済ませ、直ぐに写真撮影を開始した。


今年は戦後70年の節目の年。七夕会場のあちこちに、戦後復活70年を示す看板があった。
仙台のたなばた祭り自体は、仙台藩主・伊達政宗公の時代からあったとされ、400年の歴史があるとか。戦争で中断されたが、昭和21年に僅か52本の七夕飾りで復活した後、今では3,000本を越える飾りがある。

5年前との違いも、メインストリートに入って直ぐに感じることが出来た。
「吹き流し」と云われる、織姫の織り糸を象徴し、昔の織糸をたらした形を表したものだが、5年前には余り見掛けた記憶が無い、吹き流し自体に折り紙で折ったものを張り合わせたり、切り絵を使ったりと、工夫がされていることが直ぐに判った。

2015仙台たなばた祭り(2)

2015仙台たなばた祭り(3)

2015仙台たなばた祭り(4)

2015仙台たなばた祭り(5)

2015仙台たなばた祭り(6)


仙台たなばた祭りは、平塚のそれと違って8月6日~8日固定で開催されるので、広島に原爆が投下された日と重なる。前回訪問の時もそうだが、「ノーモアヒロシマ」、「ノーモアナガサキ」の文字が入った七夕がある。

2015仙台たなばた祭り(7)


昼の部の七夕写真撮影は、14時前から約2時間半。メイン会場の仙台駅前の各アーケード街と、仙台一の商店街ストリートである一番町通りの七夕を、すみからすみまでくまなく撮影。
平塚では全てを撮影するのに1時間程で終わるが、仙台では2時間半を要する。それだけ規模が大きいと云う訳だろう。なんせ、たなばた祭りとしては日本最大規模。青森ねぶた、秋田竿灯と並ぶ東北三大まつりの一つだし。

2015仙台たなばた祭り(8)

2015仙台たなばた祭り(9)

2015仙台たなばた祭り(11)

2015仙台たなばた祭り(12)


夕方にはCFM局受信と楽天FM録音のため、勾当台公園へ。ところが、ここはイベント会場で屋台も密集し、落ち着いて座れる場所が無かった。

仕方が無く、その公園とは大通りを挟んだ仙台市役所前の公園のベンチで受信。
それを終えた後は、夕食を取るため、仙台駅方向へ逆戻りをした。


CFM局受信と仙台名物を食べた夕食の様子。夜のたなばたの写真の続きは、その2以降の記事で。
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