ミーティングは続く

2016年01月31日 03:34 <--クリックお願い!

先週末は横浜市中区でMDXMミーティング。今日は鎌倉市大船でJSWCミーティングと、2週連続でBCLミーティングが続く。
さらには、2週間後には名古屋でNDXC40周年記念ミーティング。

僅か4週間の間に、3つものBCLミーテイングに参加するのである。

かつて、1ヶ月の間に3~4つのBCLミーティングを掛け持ちで参加していた時期がある。1980年代初め、旧・日本BCL連盟が存在していた時期である。当時、東京都大田区に住んでいたので、ホームグラウンドは目黒の城南ミーティング。ところが、そのミーティングには、板橋で開催していた城北ミーティングのメンバーも数名参加していたことが切っ掛けで、城北ミーティングにも参加するようになった。

当時の自宅は東急線が最寄り駅。そのため、横浜市日吉で開催されていた横浜ミーティングの方が、自宅からは近い。という訳で、横浜ミーティングにも参加するようになり、1度きりだが、なんとミーティングチーフ代行を務めたこともある。

LADXがメインターゲットだったので、当時は憧れ?だった月刊短波の南北アメリカ欄のアドバイサーであるOMが、ミーティングチーフを務めていた立川の西東京ミーティングにも参加した事もあった。

また、当時は城南と城北ミーティングの参加メンバー中心で構成されていた、関東DXersサークル(KDXC)を、名前の通りに関東一円に広げるため!?、町田ミーティングに参加していた時期もある。

1982年までは、主にこの範囲でミーティングに参加していた。と言っても、これだけでも5つもBCLミーティングがある。当時、月1開催が義務だった旧B連のミーティング。お互いのミーティング同士で開催日が重ならないように協定?を結んでいたのは城南と城北の2ミーティングのみ。という訳で、この2ミーティング以外は、開催日が重ならない範囲での参加だった。

確か、1983年の初め頃だったと思うが、これが大きく変わった年だった。当時、小岩で開催されていた東東京ミーテイングでは、何故だか東京で開催されていた城南、城北、西東京と千葉の4ミーティングのメンバーが集まるようになっていた。その大きな理由が、男世界だったBCL界に、女性BCLが常連として数名参加していたため。
これが東東京ミーティングに集まっていた理由だったと思うが、本音と建前は違うもの!?。ミーティング上では、その本音を聞いたことは無い。

そのため当時、この4ミーティング間では互いに開催日を重ならないような、暗黙な協定みたいなものがあった。そうなると、もう、毎週日曜日はBCLミーティングである。

これだけ短期間でのBCLミーティングの参加は、この1983年以来のことになる。


今は、ネット世界でBCL情報が直ぐに広まる時代なので、当時の受信情報交換が目的だったミーティングは成り立たない。また、学生中心だった1980年代初めの時代と違い、今は50歳台がメンバーの中心では、ミーティングに掛けるパワーも無い。

そんな時代に、4週間で3度もBCLミーティングに参加出来ること自体、奇跡的なことのように思えるのである。


<追記>
ミーティングという訳ではありませんが、2月20日(土)には、月刊短波誌の「DX Report」のページのアドバイサー経験があるOM2名と、旧・日本BCL連盟の地域ミーティングチーフ経験者2名を含んだ人達が集まる、BCLのお茶会が秋葉原であります。ちなみに、自分はその計4名の数には当てはまりません。チーフ代行しか経験していないので。念の為。

それを含めると、5週間で4度もBCLの集まりがある事になります。かなり忙しくなりそうです。
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コメント

  1. いいご縁に恵まれましたね。

    いまの時代、まだまだ老け込む歳でもないのでは。v-302

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